【医師が教える】薄毛の原因はホルモンだけじゃない? もう一つの可能性「PGD2」とは
これまでAGA(男性型脱毛症)の主な原因は「DHT(ジヒドロテストステロン)」という悪玉ホルモンだといわれてきました。そのDHTの生成を抑制する治療薬「フィナステリド」や「デュタステリド」に効果が認められていることからも、DHTとAGAによる薄毛の関係性は高いといえます。しかし近年、“DHTだけがAGAの原因ではない”という研究が進められていることをご存じでしょうか。
今回のAGAタイムスで取り上げるのは「PGD2(プロスタグランジンD2)」という物質。このPGD2がAGAとどのように関係しているのかについて、解説していきます。
PGD2(プロスタグランジンD2)とは
2012年、アメリカのペンシルべニア大学の研究チームが“PGD2が毛髪成長の阻害因子となっていることを突き止めた”という研究結果を発表しました。PGD2とは、「PG(プロスタグランジン)」と呼ばれる生理活性物質の中の一種で、生き物の生体活動や生理機能の維持、調節に関わる物質として体内のいたるところで働いています。
プロスタグランジンは「プロスタグランジン受容体」というタンパク質と結合することで、良くも悪くも体にさまざまな作用をもたらします。主に痛みや発熱に関わるという点で注目されることが多いのですが、実は胃や腸管粘膜を守ったり、母体における胎児の発育に必要であったり、さらにはガンの成長を抑制するなど良い働きを持つことでも知られる物質です。
PGD2に関していうと、喘息発作時やアトピー性皮膚炎での炎症部位に産生がみられることから、アレルギーとの関係も推測されています。またプロスタグランジンの一つ「PGF2α」は“毛の成長を促進させる働きがある”ともいわれており、PGD2を含むプロスタグランジンには少なからず毛髪の成長と密接な関わりがあると考えられるでしょう。
PGD2と薄毛の因果関係
ペンシルベニア大学の研究チームによる研究結果では、以下の点から“薄毛への関与”が指摘されています。
- 男性の頭で脱毛している部位と脱毛していない部位を比較したところ、脱毛している部位では「プロスタグランジンDシンターゼ」という合成酵素の働きが活発 で、酵素の一種であるPGD2をより多く作っていた
- PGD2をヒトの毛包に加える実験をしたところ毛幹の生成が遅れた
- PGD2をマウスに投与すると、毛の生成量も減少した
これらの研究結果により、PGD2が細胞レセプター(受容体)の活性化を通じて毛髪の成長を抑制していることが明らかにされました。このような背景から、PGD2の抑制による薄毛の改善が期待されています。
PGD2の働きを防ぐ方法について
残念ながら、2022年現在においてPGD2阻害効果のある治療薬でAGA治療を目的として認可されている治療薬は存在しません。ただし、上記の研究により毛髪生成の阻害因子としてPGD2の存在を発見したペンシルベニア大学ペレルマン医学大学院皮膚科部長ジョージ・コトサレリス教授は、2019年のインタビュー記事で「PGD2に対処するための薬は現在臨床試験の段階にある。臨床試験が完了し薬品として認可されるまでに2~3年、 我々が開発した特効薬が製品として市場に出回り、毛髪治療の世界に新しい局面が開かれるようになるまでには5~6年ぐらいかかるかもしれません」と伝えています。
AGA治療を目的とした抗PGD2薬の実用化にはまだ少し時間を要しますが、今後の展望に期待が持てそうです。
PGD2阻害効果のある薬はいくつか存在しますが、どれも別の疾患に対する治療を目的とした薬です。それぞれに副作用の恐れもある上、脱毛症に効果を発揮する濃度も不明なため、安易に使用することは絶対にやめましょう。
またPGD2にまつわるAGA治療として、上記以外にも「ヒト胎盤抽出物質」の活用が検討されています。一部では、すでにAGA治療において一般的な治療薬として名高い発毛剤「ミノキシジル」に、ヒトプラセンタを配合した医療用外用薬を薄毛治療に活かそうという動きも。
ヒトプラセンタはヒトの胎盤から得られる生理活性物質で、細胞一つひとつの組織呼吸や新陳代謝を高め、細胞機能を活性化させるという作用があります。そんなヒトプラセンタについて、聖マリアンナ医科大学幹細胞再生医学寄附講座からの報告では「ヒト胎盤抽出物質は、発毛に関わるPGE2(プロスタグランジンE2)の産生を促し、脱毛を促進するPGD2の産生を低下させた」と発表されています。このことから、ヒト胎盤抽出物質が薄毛治療に効果を示す可能性がうかがえます。
一方でミノキシジルは上皮細胞のプロスタノイド(※)合成関連酵素遺伝子には影響していないため、ミノキシジルとヒト胎盤抽出物質の頭髪に対する作用機序は全く異なることは明確です。したがって、これらを併せて活用することで発毛治療に対し相乗効果が期待できるのではないかと考えられています。
※: プロスタグランジンとトロンボキサンの総称
抜け毛・薄毛が気になる方は早めの治療を
PGD2を阻害する薬による薄毛治療の可能性については、今後の展望に期待が持てるであろうということが分かりました。しかし、AGAは進行性の脱毛症とされており、ある程度進行が進むと徐々に回復が見込めなくなる可能性も出てきます。もし、今すでに薄毛に悩んでいるという場合はPGD2阻害薬の発売を待つより従来のAGA治療薬を用いた治療を行うのがよいでしょう。
AGAによる薄毛の改善には、何より早期治療が有効です。フィナステリドやデュタステリドは国内の「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン 2017年版」でも投与が推奨されている治療薬で、世界的にも標準的な治療法とされています。いずれも処方箋医薬品のため、AGA治療を行なっている病院で処方してもらうことができます。
AGAヘアクリニックでは、患者様お一人おひとりの原因に合わせて適切な治療を提案しています。診察は何回でも無料、さらに万が一当院では治療を施せない症状であっても他の病院を紹介することができるので、少しでも薄毛・抜け毛などの症状が気になる場合はお気軽に相談しにいらしてください。
出典・参考URL
- 男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版 - 日本皮膚科学会
- Prostaglandin D2 Inhibits Hair Growth and Is Elevated in Bald Scalp of Men with Androgenetic Alopecia - LUIS A. GARZAYAPING LIUZAIXIN YANGBRINDA ALAGESANJOHN A. LAWSONSCOTT M. NORBERGDOROTHY E. LOYTAILUN ZHAOHANZ B. BLATTDAVID C. STANTONLEE CARRASCOGURPREET AHLUWALIASUSAN M. FISCHERGARRET A. FITZGERALDAND GEORGE COTSARELIS
- 毛髪成長の阻害因子PGD2を発見。特効薬は現在、臨床試験の段階にある! - 米国ペンシルベニア大学 ペレルマン医学大学院皮膚科部長 ジョージ・コトサレリス教授
- 痛みや発熱だけじゃない、プロスタグランジンの新たな作用から創薬を! - 熊本大学
- 発癌を阻止する新たな物質の発見 - 東京大学大学院農学生命科学研究科
- アレルギーと PGD2 - 平井 博之
- 緑内障治療薬としてのプロスタグランジン F2α 誘導体製剤(プロストン系およびプロスト系)の特性について - 小林 茂樹
- 女性の頭髪治療にも力を入れるヘアメディカルグループ、外用薬の選択肢を増やし更なる発毛効果を狙う! - クレアージュ東京 エイジングケアクリニック
- Influence of Human Placenta Ext racts on Prostanoids Production in Cultured Hai r Follicle-Derived Keratinocytes: The Possibility of Pharmaceuti cal Regenerative Medi cine(培養毛包由来の表皮細胞からのプロスタノイド産生に対するヒト胎盤抽出物の影響:薬剤学的再生医療の可能性) - 菅谷 文人